以下の文章は、北岡泰典のメルマガ「旧編 新・これが本物の NLP だ!」第 24 号 (2004.11.26 刊) からの抜粋引用です。

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私は、先週末 (11 月 20 日) に米国カリフォルニア大学バークリー校で開催されたベイツン大会に参加してきましたので、今回は、同大会その他について報告をしたいと思います。


1. ベイツン生誕 100 周年記念大会

11 月 20 日にカリフォルニア大学バークリー校で開催されたこのベイツン大会は、グレゴリー ベイツン生誕 100 周年を祝うイベントで、私の英国 Web サイトにアクセスした大会主催者のゴードン フェラー氏が今年の 3 月に私の元に告知メールを送ってきていたので、今回私の参加の運びとなりました。

ベイツンは、もちろん、英国生まれの文化人類学者、心理学者で、晩年にカリフォルニア大学サンタクルーズ校クレスゲ コレッジで教鞭を取った学者ですが、ミルトン H エリクソンとともに、「NLP の二人の父」の一人と形容されています。ベイツンは、一般的にはまだ知られていないようですが、評価する人々にとっては 20 世紀においてアインシュタイン以上に偉人だった、と言っても決して過言ではないようです。ベイツンについては、私のメルマガの第 3 号に概要説明があるので参照してください。

http://www.creativity.co.uk/creativity/jp/magazine/backnumbers/003.htm

(ここで一点だけ付記しておくと、私にとっては、ベイツンの存在は、一般的に NLP 業界で高く評価されているエリクソンよりもはるかに重要です。これには、二つの理由があります。

1. メルマガ第 3 号でも指摘したように、 ベイツンは、17~18 世紀のロック、バ ークリー、ヒュームの「イギリス経験論」を基盤に発展したバートランド ラッセル式の英国風認識論を新大陸西海岸のカリフォルニアに根付かせた張本人であって、ベイツンおよびその門下生の MRI (メンタル リサーチ インスティチュート) のポール ワツラヴィックを始めとする研究者がいなければ、NLP が誕生することは絶対にありえなかったほどの決定的な人物です。

2. エリクソンの方法論は、確かに非常にパワフルなものですが、エリクソン自身が、難聴、弱視、小児麻痺等の身体的障害を克服するためのサバイバルの手段として彼独自の催眠テクニックをいわば「直感」的、「無意識」的に編み出したわけであって、その方法論は、彼の生きた環境に条件付けられていた (すなわち、彼の環境下にいれば、誰でも彼のようなテクニックを身に付けたかもしれない) 一方で、ベイツンの極度の左脳的な緻密性と審美性は、少なくとも私には、そうめったに達成できるものではないと思われる、という意味で、ベイツンはエリクソンより稀有な人物だったと、言えます。

いずれにしても、国内外の NLP 業界で、バンドラー式の NLP が「繁茂」している一方で、グリンダー式 NLP があまり知られていない図式と、エリクソンはよく知られている一方で、ベイツンはほとんど口にされない図式は、パラレルを構成していて、非常に興味深いです。もちろん、バランスの取れた「本物の NLP」を知り、実践するためには、ときには「寄せ集めのテクニック」として形容されかねないバンドラー/エリクソン系の直感的方法論だけでなく、グリンダー式 NLP、ベイツン式認識論が提示している理論的知識も身につける必要があることは、言うまでもありません。)

ベイツン大会の会場となったカリフォルニア大学バークリー校 (UCB) は、私が過去に NLP トレーニングを受けたカリフォルニア大学サンタクルーズ校 (UCSC) と同様に、隔離された広大な敷地に位置していて、さすがアメリカの教育の実情は充実していると思いました。私は、サンフランシスコ市内のホテルに滞在しましたが、バークリー市までは、BART と呼ばれる地下鉄で 30 分以内の距離でした。

大会は、UCB 大学構内のローレンス科学会館で開催されましたが、全世界 25 ヵ国から 250 名程度が参加していました (会場はビデオ リンクでニューヨーク市の別の大会会場と結ばれていたので、NY 会場の参加者数を加えると 300 名を超えていたと思われます)。ただ、日本からの参加者は、私一人であったことが、いい意味にも悪い意味にも大きな驚きでした。

参加者には、大学教授、言語学者、心理学者、文化人類学者、哲学者、システム セオリスト、医療関係者、代替医療実践者、セラピスト、カウンセラー、コーチ、ビジネスマン、社会奉仕家、政治家、コンピュータ プログラマー、映画監督、芸術家等、幅広い方面のバックグラウンドが見られました。ただ、非常に興味深いことは、私が個人的に会話をもった参加者のかぎりでは、NLP だけを職業にしている人はいなかったようです。いろいろな方々に、「NLP はベイツン共同体ではどう見られているのですか」という質問をしてみましたが、NLP を否定的に見ている方はいなかったのと同時に「熱狂的」な興味をもっている方も多くいませんでした。大概の方は、グリンダーとバンドラーがベイツン的認識論に基づいて『魔法の構造』を 1970 年代に出版して NLP を創始したという一般的基本知識はもっているようでした。

この意味で、このベイツン生誕 100 周年記念大会の参加者から構成される「ベイツン共同体」では、NLP は、ベイツン血統から生まれたいくつかの学派の一つという、かなり「クール」で、かつ成熟した評価がなされているように思えました。さらに、NLP 共同体からの参加者がおそらくほぼ皆無であったという事実は、欧米の NLP 共同体のベイツン評価を反映しているようで、極めて興味深いと思いました。(おそらく、これがエリクソン大会であったなら、参加者の半分以上は NLP ピアだったのではないでしょうか?)

大会は朝の 10 時から午後 6 時半まで開催されましたが、合計で 10 数名のスピーカーが各々 20 分から 1 時間程度の講演またはプレゼンテーションを行いました。これらのスピーカーには、ベイツン (とマーガレット ミード) の娘さんで、ベイツンの死後出版書の『天使恐れる』の編者のメアリ キャサリーン ベイツン女史 (彼女は、もちろん、『精神の生態学』の中の「メタローグ」でのベイツンの仮想会話の相手です)、ベイツンの末娘のノーラ ベイツン女史、70 年代後半にベイツンの「秘蔵っ子」的存在であったように見受けられたキャロル ワイルダー女史、ベイツンとウィリアム ブレイクのワークの関連性について語ったステファン ナーマコヴィッチ氏、元カリフォルニア州知事で現在はオークランド市長のジェリー ヒューストン氏等が含まれていました。

全体を通した各講演のトーンは、生命現象は物理的、化学的に説明しつくされると考え、個々の「物体」を詳細に分析しつくせば「真理」に到達できると考えた近代西洋の還元主義へのアンチテーゼまたはパラダイム シフトとしての、ベイツンの「物が個別に存在しているように見えるのは幻想で、すべて全体の中での個々の構成要素の『関係性』を考察する必要があり、この関係性の総体としての全体性 (Unity) だけが唯一現実である」という立場へのほぼ無条件に近い賞賛だった、と言えるかと思います。ちなみに、ベイツンはこの全体性を「マインド (あるいは、いわゆる Larger Mind)」と呼んでいたようで、メアリ キャサリーン ベイツン女史に言わせれば、ベイツンの中では「マインド」と「システム」は等価であったようです。すなわち、このマインドは、ベイツンにとっては、自然の進化の過程とも人間の脳機能の進化の過程とも等価であったと言えると思われます。

(ところで、このような、アリストテレス以来の心身二元論をも超越しうる一元論的ベイツン式認識論は、たとえば、インドの極めて卓越した哲学者、シャンカラチャリヤが西暦 8 世紀に創始した (宇宙の本質ブラーマン (すなわち、梵) と個人の主体的本質アートマン (すなわち、我) が同一のもの (すなわち、梵我一如) と説く) アドヴァイタ ヴェーダンタ (不二ヴェーダンタ) の立場にもあい通じるところがある、と私は見ています。)

また、ベイツンは、物の関係性だけでなく、関係の関係性も重要視しましたが、この「物の関係性」、「関係性の関係性」、「関係性の関係性の関係性」…といった論理レベルの上昇は、「学習法」、「学習法の学び方」、「学習法の学び方の学び方」…の論理レベルの上昇と対応しているようであるのは興味深いことです。

スピーカーの中には、慈善団体の米国 OXFAM の共同創始者のネイサン グレー氏や、社会奉仕家のケニー アウスベル氏等のように、ベイツンの「全体性としての生態学」が、資源リサイクルや米国内のネイティブ インディアン保護の問題も含めた社会全体のサバイバルに貢献する、という立場を取っていた学者もいました。この点に関して、司会者のフェラー氏が元カリフォルニア州知事で現在はオークランド市長のヒューストン氏を紹介する際に、「このようなベイツン主義者の方が州知事や市長をされてきていることは、今後の生態学的な政治的発展において、非常に頼もしく、希望がもてます」といったことを言われていたことが非常に印象的でした。

また、スピーカーの中には、ベイツンのワークが、まだまだ欧米で社会的に主流として認められていない主な理由は、ベイツン自身があまりにも学際的すぎた学者であったこと (悪く言えば、「捉えどころがなかった」こと) が挙げられる、と指摘する方々もいました。その中には、おそらくベイツンの革命的な価値をもったワークが広く正当に評価されるまでには 200 ~ 300 年かかるだろう、と見ている方さえもいました (おそらくその通りだと思われます)。

この点については、私個人は、欧米では少数ながらでも「熱狂的」にベイツンの認識論的ワークを評価できる共同体と伝統が存在するが、そのような少数派グループ自体が日本には存在もしていない状況であることを、悲しく思います。「ベイツン/グリンダー」系とでも形容すべき私のスタイルの NLP ワークが今後国内でますます定着していくことで、ベイツンの偉大さも比例的に評価されていくことを心から願っている次第です。

また、興味深いプレゼンテーションとして、ベイツンの秘蔵っ子のキャロル ワイルダー女史による、1978 年のある晩餐会を写したビデオ映画と、ベイツンの末娘のノーラ ベイツン女史が現在制作中の「That Reminds Me of a Story (それである物語を思い出したが)」というベイツン記録映画の「予告編」が上映されました。

ワイルダー女史が紹介したビデオ映画では、ジョン ウィークランドを始めとする MRI (メンタル リサーチ インスティチュート) の関係者やサイバネティシャンのハインツ フォン フォースター氏等が晩餐会の席上で主賓のベイツンに対して祝辞を述べている場面やベイツンがお礼の言葉を述べる場面が写っていました。

ノーラ ベイツン女史が現在制作中のベイツン記録映画の予告編からは、最終完成作品のクオリティの高さが見て取れるようでした。同女史の意図としては、この映画が BBC、CBC 等のドキュメンタリー番組としてそのまま放映可能な出来上がりを目指しているようです。現在、30 万ドルの制作費のスポンサリングを捜しているようですが、個人的には、日本の企業からのスポンサリングがあってもいいのではないか、と思っています。日本のビジネス界からこのような 20 世紀の巨人的な偉人に関連したワークへの文化的支援があることで、ベイツンの名前が国内でも知られることになることは、今後の日本のビジネス的、文化的、生態学的発展に大きく寄与することになるでしょう。

私のベイツン大会の印象としては、全体的に講演の話題が多岐に渡りすぎているきらいがあるかとも思いましたが、逆に学際的なベイツンのワークが今後とも「カオスの中の秩序」を見出しながら着実に受け継がれ、発展していくのだな、という印象をもちました。唯一の日本人参加者の私に対して、非常に親切なもてなしをしていただいた大会主催者のフェラー氏に、この場を借りて心から感謝したいと思っています。


2. ウィリアム ブレナーのワークショップについて

先々週末の日曜日は、私は名古屋にいました。これは、カナダ人でオーストラリア在住の NLP トレーナーのウィリアム ブレナー氏が「アレクサンダー テクニックと NLP」というワークショップを名古屋ユースホステルで 11 月 12 日から 14 日まで開講していたのですが、同氏は 1980 年代後半にグリンダー氏のもとで数年間学び、NLP トレーナーの資格を取得しましたが、私が来年 3 月に NLP 共同創始者として初めてグリンダー氏を日本に招聘することを知って、グリンダー氏の友人として私に感謝したいので、同氏のワークショップに参加できないか、という打診を受けたからでした。

私の都合上、最終日の 14 日だけ参加させていただきましたが、同ワークショップには 10 名程度の参加者がいました。それまでの 2 日間でブレナー氏は NLP の基本テクニックをグリンダー風に、参加者の無意識による学習で身に付けさせていたようで、私としては、午前中は、ブレナー氏が過去 2 日間どのようなことを教えたのか推測するのに忙しかったのですが、午後になると、私が本メルマガで何度か言及したこともある、20 世紀の精神的導師であるグルジェフ式のエニアグラム (これは、いわゆる性格分析に使われる「奥義」的なテクニックですが、奇妙なことに、米国や日本でも最近ビジネス界でかなり広く導入されてきていることは非常に興味深いことです) と NLP のアンカーリングによる内的精神状態コントロールのデモ演習をボランティアを相手にブレナー氏が始めたころになると、同氏のワークはかなりおもしろいことが判明し始めました。

ブレナー氏の NLP ワークは、グリンダー氏著の『Turtles All the Way Down (ずっと下に重なっていく亀)』 (1987 年) や『Whispering in the Wind (風の中のささやき)』 (2001 年) の中に示されている新コード NLP に基づいています。同氏によれば、これは、クライアントの意識に働きかけるよりも、むしろ意識を混乱させ、クライアントの無意識に学習にすべてを任せて、いわば右脳的に「肌」で学習させることを意味します。実際、同氏の上述したデモ演習もこの原則に基づいていました。

1 日だけのブレナー氏との出会いでしたが、お互いに共通点も多いことを見つけ、私自身は、同氏は、グリンダー氏のかつての同僚だけあって、かなりハイレベルのワークを達成できる方だと見受けさせていただきました。

また、ブレナー氏は、ワークショップ参加者の前で、「ベイツンほど審美的に極限まで左脳を使えた人物はいない」、「何かを学ぶ際は、その分野で一番ルーツに近い人から学ぶべきである」と言っていましたが、これらのコメントは、まさしく、私がすでに本メルマガでも何度か指摘してきていることなので、私と同氏の「波長」が合っていることも発見した次第でした。

以上、ブレナー氏のワークショップについても、今号のメルマガで皆さんに合わせて報告しておくべきと考えました。

なお、ブレナー氏は来年 2 月にも再来日して、ワークショップを行う予定のようです。同氏の今後のワークの詳細については、同氏の国内プロモーターの「名古屋エスクール」にコンタクトしてください。Web サイトは以下の通りです。

http://www2.odn.ne.jp/~cdu93800

また、ブレナー氏についての情報は以下にあります。

http://www.alexandertechnique.com.au/article.html

作成 2023/10/21